通り、かれはなかなか敏捷っこそうな男で、その報告はすこぶる要領を得ていたが、なにぶんにも自分が現場を見とどけていないので、半七にはなんだかくすぐったく感じられた。しかし備前屋の娘の手に残っていた獣《けもの》の毛が確かに熊の毛であるらしいことが少なからぬ興味をひいた。彼はここで午飯の馳走になって、彦八をつれて伊豆屋を出た。
「親分、なにぶん御指図を願います」と、彦八は如才《じょさい》なく云った。
「いや、ここらはお前たちの縄張り内で、おれは一向のぼんくら[#「ぼんくら」に傍点]だ。まあ、よろしく頼むぜ」
差し当りどこへ行こうかと思ったが、半七は先ず備前屋をたずねて、なにかの手がかりを探り出そうと、田町の方角へ急いでゆくと、途中で二十五六の男にすれ違った。男は彦八に挨拶して通りすぎた。
「あの野郎はどこの奴だえ」と、半七は彦八に小声で訊いた。
「六三郎といって、小博奕を打っているやくざ[#「やくざ」に傍点]な野郎ですよ」
「六三郎……粋《いき》な名前だな。その六三郎にお園《その》が用があると云って牽引《しょぴ》いて来てくれ。いや、冗談じゃねえ。御用だ」
御用と聞いて、彦八はすぐに駈け戻
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