りさまで、毎日寝たり起きたりしていた彼女《かれ》が、床を揚げてからまだ幾日にもならないのに、どうして夜なかに家をぬけ出したのか。そうして、何者に殺されたのか。もちろん誰にも想像は付かなかった。
「ところが、お前に見せるものがある」と、弥平は蒲団《ふとん》の下から紙につつんだものを出した。「これを先ず鑑定してもれえてえ」
「獣物《けだもの》らしいな」と、半七はその紙包みをあけて見て云った。「犬や猫じゃ無さそうだ。なんの毛だろう」
このあいだの熊が半七の胸にふと浮かんだ。その獣の毛が五、六本、死んだ娘の右の手につかまれていたというのを聞いて、彼はしばらく考えていた。
「それは子分の彦の野郎が、何かの手がかりになるだろうというので、検視の来る前に死骸の手からそっと取って来たんだ。あいつはなかなか敏捷《すばし》っこい奴よ。どうだい、三河町。なにかのお役に立ちそうなもんじゃあねえか」
「むむ、こりゃあ大手柄だ。これを手がかりに何とか工夫《くふう》してみよう」
彦八という若い手先は親分の枕もとへ呼び付けられて、半七の前で、備前屋の娘の死状《しにざま》をもう一度くわしく話せと云われた。弥平のいう
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