上にうず巻いているような五、六本の黒い毛を透かすように眺めていた。
「まだそればかりじゃあねえ。垣根の近所には四足《よつあし》のあとが付いていた。と云ったら、犬や猫のようなものは幾らも其処らにうろついているというだろうが、おれはちっと思い当ることがあるから、こうして大事に持って来たんだ」
 半七は彼の耳に口をよせてささやくと、庄太は幾たびかうなずいた。
「そうかも知れませんね。ところで、鬼娘の方はなんでしょう。やっぱり気ちがいでしょうかね」
「気ちがいかなあ」と、半七は相手をじらすように笑っていた。
「だって、おまえさん。猫じゃ猫じゃでも踊りゃあしめえし、手拭をかぶって、浴衣を着て、跣足でそこらをうろうろしているところは、どうしても正気の人間の所作《しょさ》じゃありませんぜ。ねえ、そうでしょう」と、庄太は少し口を尖らせた。
「それもそうだが、まあ聴け」
 半七は再び彼にささやくと、庄太はだんだんに顔を崩して笑い出した。
「なるほど、なるほど、いや、どうも恐れ入りました。きっとそれです、それに相違ありませんよ」
「ところで、それについて何か心あたりはねえかな」
 庄太は更に顔をしかめて考
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