熊蔵は小声で訊いた。
「捨てるわけにも行くめえ。無縁の仏にでも供えて置こう」
残暑の強い此の頃ではあるが、墓場にはもう秋らしい虫が鳴いていた。半七は何物かをたずねるように石塔のあいだを根気よく縫い歩いていると、墓場の奥の方に紫苑《しおん》が五、六本ひょろひょろ高く伸びていて、そのそばに新らしい卒堵婆《そとば》が立っているのを見つけた。卒堵婆は唯一本で、それには俗名も戒名も書いてなかったが、きのう今日に掘り返された新らしい墓であることはひと目に覚られた。
「ここに新ぼとけがある。ここらへ供えて置きましょうか」と、熊蔵は手に持っている樒と線香とを見せた。
「馬鹿。飛んでもねえことをするな」と、半七は叱った。「それほど邪魔になるなら、どこへでも打っちゃってしまえ。手前のようなどじ[#「どじ」に傍点]はねえ。そんなものはこっちへよこせ」
熊蔵の手から樒と線香とを引ったくって、半七はすたすた歩き出した。
四
「これからの道行《みちゆき》を下手《へた》に長々と講釈していると、却って御退屈でしょうから、もうここらで種明かしをしましょうよ」と半七老人は云った。「今の人はみんな頭がいい
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