「蝶合戦のあったというのはここらだな」
「そうでしょう」と、熊蔵は云った。「わっしは見なかったが、なんでも大変な評判でしたよ」
「むむ。評判だけは俺も聴いている」と、半七は立ちどまって川の水をながめていたが、やがて子分にささやいた。「おい、おめえはさっきあの木像を嗅いで、どんな匂いがした」
「なんだか髪の油臭いような匂いがしましたよ」
「むむ」と、半七はうなずいた。「善昌は尼だ。髪の油に用はねえ筈だ。なんでも油いじりをする奴があの木像に手をつけたに相違ねえ」
「すると、そのお国とかいう女髪結がいじくったかも知れませんね」
「おめえはあの死骸を誰だと思う」
「え」と、熊蔵は親分の顔をながめた。
「おれの鑑定では、あれがお国という女髪結だな」
「そうでしょうか」と、熊蔵は眼を見はった。「どうしてわかりました」
「あの死骸の手にも油の匂いがしている。梳《す》き油や鬢付《びんつ》けの匂いだ。元結《もっとい》を始終あつかっていることは、その指をみても知れる。善昌は三十二三だというのに、あの肉や肌の具合が、どうも四十以上の女らしい。足の裏も随分堅いから、毎日出あるく女に相違ねえ」
「それじゃあお国
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