ないことがしばしばある。きのうも夕方に帰って来て、湯に入ってから何処へか出かけたぎりで帰らない。大かた親類へでも泊まりに行って、きょうは藪入りで商売は休みであるから、どこかを遊び歩いているのであろうとのことであった。
「それじゃあ、いつ帰るか判らねえ」
 思案しながら半七は、再び善昌の死骸に眼をやると、首のない尼は白い麻の法衣《ころも》を着て横たわっていた。半七はその冷たい手を握ってみた。
 もしもお国が帰って来たらば、そっと自分のところまで知らせてくれと頼んで置いて、半七はひと先ずここを引き揚げることになった。暑い時分のことであるから、信者たちがあつまってすぐに死骸の始末をすると五兵衛は云っていた。
「勿論このまま打っちゃっても置かれめえが、火葬にするのはお見合わせなさい。この死骸について、後日《ごにち》又どんなお調べがないとも限りませんから」と、半七は注意した。
「では、土葬にいたして置きます」
 五兵衛と伊助に見送られて、半七はここを出た。
 さっきから余ほどの時間が経ったようであるが、七月なかばの日はまだ沈みそうもなかった。片蔭のない竪川の通りをふたりは再び汗になって歩いた。

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