ふだんの行状から先頃の蝶合戦のこと、それから続いて今度の祈祷のことを、半七は残らず聞きただした。それが済んでから彼《か》の問題の尊像というのを一応あらためると、木彫りの弁財天は高さ三尺ばかりで、かなりに古びたものであった。半七はその木像を撫でまわして、更に二、三ヵ所|嗅《か》いでみた。そうして、小声で熊蔵に云った。
「熊や、おめえも嗅いでみろ」

     三

「尼さんには用のねえ商売だが、男か女の髪結いで、ここの家《うち》へ心安く出這入りをする者がありますかえ」と、半七は訊いた。
 伊助は小間物屋であるだけに、その人をよく識っていた。それは隣り町に住んでいるお国という女髪結で、善昌とは古いなじみでもあり、もちろん信者の一人でもあるので、ふだんから近しく出入りをしている。これも独り者で、年頃は四十を一つ二つ越しているかも知れないと云った。
「それじゃあすぐに呼んでください」
「かしこまりました」
 伊助は怱々出て行ったが、やがて引っ返して来て、お国はゆうべから家《うち》へ帰らないと云った。独り者であるから、いつも朝から家を閉めて商売に出歩いている。親類の家へ泊まるとか云って、夜も帰ら
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