。盆ちゅうにも人殺しをするような奴があるんだからな」
 こんなことを云いながら二人は弁天堂にゆき着くと、露路の内そとには大勢の見物人がいっぱいに集まっている。それを掻きわけてはいってゆくと、検視の町《まち》役人ももう出張っていた。
「どうも遅くなりました。皆さん、御苦労さまでございます」
 半七は一応の挨拶をして、まず善昌の死骸を丁寧にあらためた。死骸の手足はあら縄で厳重にくくられていたが、殆ど無抵抗で縄にかかったらしいことは、多年の経験ですぐに覚られた。そこらの畳には血の痕らしいものは見えなかった。もしや綺麗に拭き取ったのかと、半七は犬のように腹這って畳の上をかいでみた。
「尼さんは酒を飲みますかえ」と、半七はそこに控えていた信者の一人に訊いた。
 当人は飲まないと云っていた。身分柄としてもそう云わなければならないのであろうが、内証では時々に少しぐらい飲んでいたこともあるらしいという信者の答えを聴いて、半七はうなずいた。畳には新らしい酒の香が残っていた。なにか紛失物はないかと訊くと、それはよく判らないが、尼が大切にしている革文庫がみえない。そのなかに金のしまってあるのを知って盗み出し
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