れを知っている何者かが忍び込んで彼女を殺害したのであろう。善昌は抵抗したために殺されたのか、あるいは先ず善昌を殺して置いて、それから仕事に取りかかったのか、その順序はよく判らなかったが、いずれにしても其の首を斬り落すのは余りに残酷である。床板を引きめくって縁の下を隈《くま》なくあらためたが、その首はどうしても見付からなかった。
 首のない尼の死骸は六畳の間に横たえられて、役人の検視をうけることになった。本所は朝五郎という男の縄張りであったが、朝五郎は千葉の親類に不幸があって、あいにくきのうの午すぎから旅に出ているので、半七が神田から呼び出された。半七はちょうど来あわせている子分の熊蔵を連れて駈けつけた。地獄の釜の蓋《ふた》があくという盂蘭盆の十六日は朝から晴れて、八ツ(午後二時)ごろの日ざかりは灼《や》けるように暑かった。ふたりは眼にしみる汗をふきながら両国橋をいそいで渡ると、回向院《えこういん》の近所には藪入りの小僧らが押し合うように群がっていた。
「ここの閻魔《えんま》さまは相変らずはやるね」と、熊蔵は云った。
「はやるのは結構だが、閻魔さまもちっと睨みを利かしてくれねえじゃあ困る
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