百日を過ぎれば自然に判ることである。それを疑うものは参拝を止めたらよかろうと、彼女はきっぱりと云い切った。
 こう云われると一言もないので、誰も彼もみな黙ってしまった。そうして、日々の祈祷は今までの通りに続けられたが、尊像紛失のうたがいはまだ全く消えないで、信者のあいだにはいろいろの噂が伝えられているうちに、いよいよ盂蘭盆の十五日が来た。祈祷はこの日限りでとどこおりなく終った。
 あくる十六日の朝になっても、弁天堂の扉《と》はあかなかった。日々の祈祷の疲れで、きょうは善昌さんも朝寝坊をしているのであろうと、近所の者も初めのうちは怪しまなかったが、やがて午《ひる》ごろになっても扉があかないので、不思議に思って裏口へまわって窺うと、水口《みずぐち》の戸には錠がおろしてないとみえて、自由にさらりとあいた。幾たびか声をかけても返事がないので、近所の二、三人が思い切って薄暗い奥へはいると、どこにも善昌のすがたが見えなかった。かれは六畳の小座敷に寝起きしている筈であるが、そこには蚊帳さえも釣ってなかった。
 ひとり者であるから、今までにも家をあけて出ることは珍らしくなかったが、午頃までも表の扉をあ
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