が、これでも左の腕にゃあ忌《いや》な刺青《ほりもの》のある六蔵だ。おれが一旦こう云い出したからにゃあ、忌も応も云わせねえ。おい、良さん、その積りで返事してくれ」
 酒の酔も手伝っているらしく、彼の声はだんだんに高くなった。いやな刺青の講釈まで聞きすまして、半七はもういい頃と衝立のこっちから声をかけた。
「もし、大層お賑やかですね」
「どうもお騒々しくってお気の毒さまでございます」と、六蔵という男は答えた。「若い者は道楽をして困りますから、ちっと嚇かしているところですよ」
「お察し申します」と、半七は笑いながら云った。「だが、この頃は世の中がさかさまになって、年寄りのいう方が間違っていることが随分あります。今の一件なんぞはそっちの若い人の云う方が道理《もっとも》らしい。ねえ、良次郎さん。そうでしょう」
 名を指されて二人はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]としたらしい。半七はつづけて云った。
「左の腕になにかいやな刺青があるとかいう小父《おじ》さん。あんまり若けえ者をつかまえて無理を云わねえ方がいい。どうで霊岸島からは縄付きが出るんだ。その道連れを大勢こしらえるのは殺生《せっしょう》だろうぜ」
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