》りに後悔している。世間からはうしろ指をさされ、親たちには苦労をかけ、こんな間違ったことはない。もう此の上は誰がなんと云っても、決してそんな相談には乗らないつもりだ。お通という女中もそれほど帰りたがるなら、すなおに帰してやったらいいじゃありませんか」
「帰してよければ苦労はない」と、年上の男は急に声を低くした。「あんな奴でも口がある。うっかり帰してやったら世間へ出て何をしゃべるか判らねえ。どうしてもここは色男にお頼み申して、足止めのおまじないをして貰うよりほかにはねえ。え、良さん。おめえ、どうしても忌《いや》か。毒くわば皿で、おめえも一度こういうことを引き受けた以上は、一寸斬られるのも二寸斬られるのも血の出るのは同じことだ。え、おい、器用にうんと云ってくれ。俺から又おかみさんの方へもいいように話してやる。おかみさんだって野暮じゃねえ。重《おも》た増《ま》しが出るのは判っているから、素直《すなお》におとなしく引き受けてくれ」
「いや、もうなんと云われても私はあやまる。誰かほかの人に頼んで……」
「ほかの人に頼めるくらいなら、口をすぼめやあしねえ。今こそ堅気《かたぎ》の寮番でくすぶっている
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