た。かた手に数珠《じゅず》をかけている七兵衛は小田原提灯を双子《ふたこ》の羽織の下にかくして、神田川に沿うて堤の縁《ふち》をたどってゆくと、枯れ柳の痩せた蔭から一人の女が幽霊のようにふらりと出て来た。
 七兵衛は暗いなかでじっと透かしてみると、女の方でもこっちを窺っているらしく、やがて摺り抜けて両国の方へ行こうとするのを、七兵衛はうしろから呼び戻した。
「もし、もし、姐《ねえ》さん」
 女はだまって立ち停まったが、又そのままに行き過ぎようとするのを、七兵衛は足早にそのあとを追って行った。
「おい、姐さん。このごろは物騒だ。私がそこまで送って上げようじゃねえか」
 こう云いながら、かれは隠していた提灯をその眼先へ突き付けようとすると、提灯はたちまち叩き落された。こっちは内々覚悟していたので、すぐその手首を捕えようとすると、両手はしびれるほどに強く打たれて、数珠の緒は切れて飛んでしまった。さすがの七兵衛もはっ[#「はっ」に傍点]と立ちひるむひまに、女のすがたは早くも闇の奥にかくれて、かれの眼のとどく所にはもう迷っていなかった。

     二

「あれが化け猫か」
 追ってもとても追い付き
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