っていたそうです」
「そうか。そうして、その娘は駕籠に乗り馴れているらしかったか」
「さあ、そこまでは聞きませんでした。なにしろ真人間じゃあねえらしいから。そこはなんとか巧《うま》く誤魔化していたでしょうよ」
「もう一遍きくが、その娘は十七八だと云ったな」
「そうです。そういう話です」
「いや、御苦労。おれもまあ考えてみようよ」
 岩蔵は親分の前を退がって、ほかの子分どもの集まっている部屋へ行った。そうして大きな声で、水茶屋の娘の噂か何かをしているのを聴きながら、七兵衛は長火鉢の前でじっと考えていたが、やがて喫《す》いかけている煙管《きせる》をぽんとはたいて、ひとり言のように云った。
「わるい悪戯《いたずら》をしやあがる」
 日がくれてから七兵衛は葺屋町の家を出て、浅草の念仏堂の十夜講に行った。その途中で、念のために、柳原の堤を一と廻りして見ると、槍突きの噂におびえているせいか、長い堤には宵から往来の足音も絶えて、提灯の火一つもみえなかった。昼から陰っていた大空は高い銀杏《いちょう》のこずえに真っ黒に圧《お》しかかって、稲荷の祠《ほこら》の灯が眠ったように薄黄色く光っているのも寂しかっ
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