ありませんか。それから提灯の火でよく見ると大きい黒猫が一匹……。胴っ腹を突きぬかれて死んでいるので……」
「黒猫が……。槍に突かれていたのか」
「そうですよ」と、岩蔵も顔をしかめながらうなずいた。「何のわけだか、ちっともわからねえ。娘はどこへか消えてしまって、大きい黒猫が身がわりに死んでいるんです。どう考えても変じゃありませんか」
「すこし変だな。どうして猫と娘とが入れ換わったろう」
「そこが詮議物ですよ。駕籠屋の云うには、どうもその娘は真《ま》人間じゃあねえ、ひょっとすると猫が化けたんじゃねえかと……。成程このごろは物騒だというのに、夜鷹《よたか》じゃあるめえし、若い娘が五ツ過ぎに柳原の堤をうろうろしているというのがおかしい。化け猫が娘の姿をして駕籠屋を一杯食わそうとしたところを、不意に槍突きを食ったもんだから、てめえが正体をあらわしてしまったのかも知れませんね」
「そうよなあ」と、七兵衛は苦笑《にがわら》いした。「まあ、そうでも云わなければ理窟が合わねえが、なにしろ変な話だな。で、その娘は美《い》い女だと云ったな。面《つら》をむき出しにしていたのか」
「いいえ、頭巾《ずきん》をかぶ
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