五ツ(午後八時)少し過ぎに蔵前《くらまえ》でまた殺《や》られた」
「むむ」と、七兵衛も顔をしかめた。「仕様がねえな。殺られたのは男か女か」
「それがおかしい。もし、親分。浅草の勘次と富松という駕籠屋が空《から》駕籠をかついで柳原の堤《どて》を通ると、河岸の柳のかげから十七八の小綺麗な娘が出て来て、雷門までのせて行けと云う。こっちも戻りだからすぐに値ができて、その娘を乗せて蔵前の方へいそいで行くと、御厩河岸《おんまやがし》の渡し場の方から……。まあ、そうだろうと思うんだが、ばたばたと早足に駆け出して来た奴があって、暗やみからだしぬけに駕籠の垂簾《たれ》へ突っ込んだ。駕籠屋二人はびっくりして駕籠を投げ出してわあっ[#「わあっ」に傍点]と逃げ出した。が、そのままにもして置かれねえので、半町ほども逃げてから、また立ち停まって、もとのところへ怖々《こわごわ》帰って来てみると、駕籠はそのまま往来のまん中に置いてあるので、試《ため》しにそっと声をかけると、中じゃあなんにも返事をしねえ。いよいよやられたに相違ねえと、駕籠屋は気味わるそうに垂簾をあげて見ると、中には人間の姿が見えねえ。ねえ、おかしいじゃ
前へ 次へ
全34ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング