ったな」
「なんだか時雨《しぐ》れそうでございます」と、お兼は縁側をふきながら薄暗い初冬の空をみあげた。「今晩からお十夜《じゅうや》でございますね」
「そうだ、お十夜だ。十手とお縄をあずかっている商売でも、年をとると後生気《ごしょうぎ》が出る。お宗旨じゃあねえが、今夜は浅草へでも御参詣に行こうかな」
「それが宜しゅうございます。御法要や御説法があるそうでございますから」
「老婢と話が合うようになっちゃあ、おれももうお仕舞いだな。はははははは」
元気よく笑っているところへ、子分のひとりが七兵衛の居間へ顔を出した。
「親分、禿岩《はげいわ》がまいりました。すぐに通してやりますか」
「むむ。なにか用があるのかしら。まあ、通せ」
小|鬢《びん》に禿のある岩蔵という手先が鼻の先を赤くしてはいって来た。
「お早うございます。なんだか急に冬らしくなりましたね」
「もうお十夜だ。冬らしくなる筈だ。寝坊の男が朝っぱらからどうしたんだ」
「早速ですが、例の槍突き……。あれで妙なことを聞き込んだので、ともかくもお前さんの耳に入れて置こうと思ってね」と、岩蔵は長火鉢の前に窮屈そうにかしこまった。「ゆうべの
前へ
次へ
全34ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング