してみたが、なにかの手がかりになりそうなものは見付からなかった。
さっきの怪しい女と、今の槍の主《ぬし》と、それとこれとを結びつけて考えながら、七兵衛はそれから浅草へ行った。物騒な噂が後生《ごしょう》ねがいの人々をもおびやかしたとみえて、十夜詣りも毎年ほどは賑わっていなかった。切れた数珠を袂にした七兵衛も、今夜はおちつかない心持で御説法を聴いて帰った。帰り途には何事もなかった。
臆病な駕籠屋の口から洩れたのであろう。この頃は市内に化け猫があらわれるという噂が立った。槍突きの噂が静まらないうちに、更に化け猫の噂が加わったのであるから、女子供などはいよいよおびえた。それが八丁堀同心の耳にもはいって、更に町奉行所へもきこえて、奇怪の風説を取り締るようにという注意もあったが、その風説は尾鰭《おひれ》をそえて、それからそれへとますます拡がった。もう打っちゃっても置かれないので、七兵衛は自分で浅草へ出張って、馬道《うまみち》の裏長屋に住んでいる駕籠屋の勘次をたずねた。
「辻駕籠屋の勘次さんというのは、この御近所ですかえ」と、七兵衛は路地の入口の荒物屋で訊いた。
「勘次さんはこの裏の三軒目ですよ
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