といえば誰でも知っていますよ」
朝顔屋敷――その名を聞いて半七は思い出した。それは杉野の屋敷であるかどうかは知らなかったが、四番町辺に朝顔屋敷という怪談の伝えられていることは、彼もかねて聞いていた。皿屋敷、朝顔屋敷、とかくに番町に化け物屋敷のようなものの多いのは、この時代の名物であった。世間の噂によると、朝顔屋敷の遠い先代の主人がなにかの仔細で妾を手討ちにした。それは盛夏《まなつ》のことで、その妾は朝顔の模様を染めた浴衣を着ていたとかというので、その以来、朝顔が不思議にこの屋敷に祟《たた》るのであった。広い屋敷内に朝顔の花が咲くと、必ずその家に何かの凶事があるというので、夏から秋にかけては中間どもが屋敷の庭から裏手の空地まで毎日油断なく見まわって、朝顔夕顔のたぐい、仮りにも花の咲きそうな蔓をみると片っ端から引き抜いてしまうことになっている。朝顔の絵をかいた団扇《うちわ》を暑中見舞に持って来たために、出入りを差し止められた商人《あきんど》もあるという。そんな話は半七もとうに知っていたが、それが杉野の屋敷であることは初耳であった。
「そうか。あすこが朝顔屋敷か」
「外からはいった者にどう
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