当違いになるかも知れない。とりあえず裏四番町の近所へ行って、杉野の屋敷の様子を探って来た上でなければ、右へも左へも振り向くことが出来そうもないと思ったので、半七は神田の家へ一旦帰って、それから又出直して九段の坂を登った。
埋め立ての空地を横に見て、裏四番町の屋敷町へはいると、杉野の屋敷は可なり大きそうな構えで、午すぎの冬の日は南向きの長屋窓を明るく照らしていた。門から出て来た酒屋の御用聞きをつかまえて、半七はそれとなく屋敷の様子を訊いてみたが、別に取り留めた手がかりもなかった。近所の火消し屋敷に知っている者があるので、そこへ行って訊き出したら又なにかの掘り出し物があるかも知れないと、彼は酒屋の御用聞きに別れて七、八間ばかり歩き出すと、その隣りの大きい屋敷から提重《さげじゅう》を持った若い女が少し紅い顔をして出て来た。
「おい、お六じゃねえか」
半七に声をかけられて、若い女は立ち停まった。背の低い肥った女で、蝦蟆《ひきがえる》のような顔に白粉をべたべたなすって、前髪にあかい布《きれ》などをかけていた。
「あら、三河町の親分さんでしたか。どうもしばらく」と、お六はいやに嬌態《しな》をつ
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