向があるらしかった。容貌も優しいとともに、その性質も優しい柔順な人間であるらしかった。
「御子息様には御兄弟がございませんか」
「ひと粒だねの相続人、それゆえに主人は勿論、われわれ一同もなおなお心配いたして居る次第、お察しください」
忠義な用人の眉はいよいよ陰った。
二
神隠し――この時代に生まれた半七はまんざらそれを嘘とも思っていなかった。世の中にはそんな不思議がないとも限らないと思っていた。そこで、それが真実の神隠しであるとすれば、とても自分たちの力には及ばないことであるが、万一ほかに仔細があるとすれば、何とかして探し当らない筈はないという自信もあるので、ともかくも出来るだけのことは致しますと、彼は角右衛門に約束して別れた。
家へ帰る途中で彼はかんがえた。由来、旗本屋敷などには、世間に洩れない、いろいろの秘密がひそんでいる。正直に何もかも話してくれたようであるが、用人とても主家の迷惑になるようなことは口外しなかったに相違ない。したがって此の事件の奥には、どんな入り組んだ事情がわだかまっていないとも限らない。用人の話だけでうっかり見込みを付けようとすると、飛んだ見
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