いた。三日目に半七はふたたび竜泉寺前へ行かなければならない用事が出来た。
「きょうこそはあぶねえ」
 かれは雨傘を用意してゆくと、大きい雪が果たして落ちて来た。帰りはやはり七ツ過ぎになって、入谷の田圃はもう真っ白に埋められていた。重い傘をかたげて、このあいだの寮の前まで来ると、日和《ひより》下駄の前鼻緒があいにく切れた。半七は舌打ちをしながら塀ぎわに身を寄せて、間にあわせにつくろっていると、雪を踏む下駄の音がきこえて、門の中からこの間の女が飛石伝いに出て来た。
「まあ、いつの間にか積ったこと」
 独り言を云いながら、彼女は人待ち顔にたたずんでいたが、傘を持っていない彼女は髪を打つ雪に堪えないと見えて、やがて内へ引っ返してしまった。
 手が亀縮《かじか》んでいるので、鼻緒を立てるのに暇がかかって、半七はようように下駄を突っかけて、泥だらけの手を雪で揉んでいるころへ、このあいだの按摩が馴れた足取りですたすた歩いて来た。その下駄の音を聞き付けたとみえて、女は待ち兼ねたように内からぬけ出して来た。前に懲《こ》りたのであろう。今度は傘をすぼめて差していた。
「徳寿さん。きょうは逃がさないよ」
 
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