い》があるだろう。ひとり者じゃあるめえ」
「それが旦那。こういう訳なんでございますよ」と、徳寿は仔細らしく話した。
「おきんは兄貴と二人で暮していたんですが、その兄貴の寅松というのは博奕《ばくち》打ちの道楽者でしてね。おきんのゆくえが知れなくなると、それから半月ばかり経って、これも何処へか夜逃げのように姿を隠してしまいました。なんでも博奕場で喧嘩をして、人に傷をつけたとかいうので、それが面倒になって何処へか飛んで行ってしまったらしいんです。そういうわけですから、家はもう空店《あきだな》になってしまって、二、三日中にほかの人が越して来るとかいう噂でございます」
田町の重兵衛が眼をつけているのは、おきんの問題より恐らくこの寅松に関係している事件であろうと半七は想像した。かれは更に徳寿に訊いた。
「あの辰伊勢の寮にいる誰袖という女も、やっぱり金杉の近所の者だというじゃあねえか。お前、知らねえか」
「存じて居ります。誰袖さんの花魁も金杉の生まれで、やっぱりおきんの近所で育ったんだそうですが、両親《ふたおや》ともにもう死に絶えてしまいまして、これも跡方はございませんよ」
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