てしまったので、半七は失望させられた。それでも彼は強情にこの按摩から何かの手蔓《てづる》を探り出そうと試みた。今もむかしも根気が乏しくては出来ない仕事である。
「ねえ、徳寿さん、このあいだ聞いていりゃあ、その誰袖の花魁は大変おまえを贔屓にして、ほかの按摩さんじゃいけねえと云っているというじゃあねえか。おかしなことを訊くようだが、どうしてお前、そんなに花魁の気に入ったんだえ。揉み方の上手ばかりじゃあるめえ。何かほかに訳があるだろう」
「へえ」と、徳寿はにやにや笑っていた。
 半七と庄太は顔を見あわせた。なんと思ったか、半七は紙入れから一歩の銀《かね》を出して徳寿の手に握らせた。そうして、ちょいと其処まで来てくれと云って、彼を左側の横町へ連れ込んだ。柳原家の抱え屋敷と安楽寺という寺の間をぬけると、正面には一面の田畑が広く開けていた。田の畔《くろ》を流れる小さい水のはたで、子供が泥鰌《どじょう》をすくっているほかに、人通りもないのを見すまして、半七はまた訊いた。
「おまえ、隠しちゃあいけねえ。こんな野暮なことを云いたくねえが、おれは実はふところに十手を持っているんだ」
 徳寿は俄かに顔の色を
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