りました。二、三日中にはみんな調べあげてまいります」
庄太は受け合って帰った。二、三日という約束が四、五日を過ぎても、庄太は顔を見せなかった。あいつ何をしているのだろうと思ったが、一日を争う仕事でもないので、半七もそのまま打っちゃって置くと、二月の初めになって庄太がぶらりと訪ねて来た。
「親分。申し訳がありません。実は小せえ餓鬼が麻疹《はしか》をやったもんですから」
「そりゃあいけねえな。軽く済みそうか」
「へえ、好い塩梅《あんばい》に軽そうです」と、庄太は云った。「そこで親分、例の辰伊勢の一件ですが、まあ一と通りは洗って来ましたよ」
庄太の報告によると、辰伊勢は江戸町でも可なり売ったが、安政の大地震のときに、抱えの遊女を穴倉へ閉じ籠めて置いて、みんな焼き殺してしまったとかいうので、それから兎角にけち[#「けち」に傍点]がついて、商売の方もあまり思わしくない。尤も吉原では暖簾の旧《ふる》い店でもあり、ほかにも地所や家作《かさく》などをもっているので、まず相当に店を張っている。当時はおまき[#「まき」に傍点]というのが女主人で、永太郎という今年|二十歳《はたち》の伜の後見をしているが
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