師匠の家は四畳半と六畳の二間で、奥の横六畳に二間の床があると松吉は云った。床の下は戸棚になっているのが普通である。その戸棚のなかに男を隠まってあるものと半七は鑑定した。
「さあ、松。すぐ一緒に行こう。彼らは銭がなくなると、また何をしでかすか判ったもんじゃあねえ」
 二人は新宿の北裏へ行った。

     四

「おや、三河町の親分さん。先日はどうも御厄介になりました。その後まだお礼にも伺いませんで、なにしろ貧乏暇無しの上に、少し身体が悪かったもんでございますから。ほほほほほ」
 杵屋お登久はべんべら物の半纏《はんてん》の襟を揺り直しながら笑い顔をして半七をむかえた。彼女は松吉が裏口に忍んでいるのを知らないらしかった。半七は奥へ通されて、小さい置床《おきどこ》の前に坐った。寄付《よりつき》の四畳半には長火鉢や箪笥や茶箪笥が列んでいて、奥の六畳が稽古場になっているらしく、そこには稽古用の本箱や三味線が置いてあった。八ツ(午後二時)少し前で、手習い子もまだ帰って来ない時刻のせいか、弟子は一人も待っていなかった。
「妹はどうしたね」
「あの、きょうも御参詣にまいりました」
「鬼子母神様かえ
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