」と、半七はお登久の持って来た桜湯をのみながら苦笑いをした。「なかなか御信心だねえ。だが、鬼子母神様を拝むより俺を拝んだ方がいいかも知れねえ。千次郎のたよりはすっかり判ったぜ」
お登久は眉を少し動かしたが、やがて調子をあわせるように、華《はな》やかに笑った。
「ほんとうにそうでございますね。親分さんにお願い申して置けば、それでもう安心なんでございますけれど……」
「冗談じゃねえ。ほんとうにたよりが判ったんだ。それを教えてやろうと思って、わざわざ下町からのぼって来たんだぜ。師匠、だれもほかにいやあしめえね」
「はあ」と、お登久はからだを固くして半七の顔を見つめていた。
「師匠の前じゃあちっと云いにくいことだが、千次郎は市ヶ谷合羽坂下の酒屋の裏にいるおみよという若い女と、近所の質屋に奉公している時分から引っからんでいたんだ。お前がふだんから気をまわしている相手というのはその女だ。ところで、そこにどういう因縁があったか知らねえが、千次郎とおみよは心中することになって、男はまず女を絞め殺した」
「まあ」と、お登久の顔は真っ蒼になった。「ほんとうに二人で死ぬ気だったんでしょうか」
「ほんとうも
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