しかし彼はまだ腑《ふ》に落ちなかった。たといおみよが自分で喉を絞めたとしても、誰がその死骸を行儀よく寝かして置いたのであろう。長五郎はどう考えているか知らないが、単に自滅というだけで此の事件をこのままに葬ってしまうのは、ちっと詮議が足りないように思われた。それにしても、おみよの書置が偽筆でない以上、かれが自殺を企てたのは事実である。若い女はなぜ自分で死に急ぎをしたのか、半七はその仔細をいろいろに考えた末に、ふと思い付いたことがあった。彼はそのまま神田の家へ帰って、松吉のたよりを待っていると、それから五日目の午すぎに、松吉がきまりの悪そうな顔を出した。
「親分、どうもいけませんよ。あれから毎日張り込んでいるんですけれど、野郎は影も形も見せないんです。草鞋を穿いたんじゃありますめえか」
松吉の報告によると、その古着屋も師匠の家もみな平屋の狭い間取りで、どこにも隠れているような場所がありそうもない。古着屋の店にもおふくろが毎日坐っている。師匠の家でも毎日稽古をしている。ほかには何の変ったことはないと云った。
「師匠の家じゃあ相変わらず稽古をしているんだな。あそこの家の月浚《つきざら》いはい
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