れも名物の巻藁にさしてある笹の枝に、麦藁の花魁《おいらん》があかい袂を軽くなびかせて、紙細工の蝶の翅《はね》がひらひらと白くもつれ合っているのも、のどかな春らしい影を作っていた。ふたりは欅と桜の間をくぐって本堂の前に立った。
「親分、なかなか御参詣があるねえ」
「花どきだ。おれたちのような浮気参りもあるんだろう。折角来たもんだ。よく拝んでいけ」
松吉もまじめになって拝んだ。名代《なだい》の藪蕎麦《やぶそば》や向畊亭《こうこうてい》はもう跡方もなくなったので、二人は茗荷屋へ午飯を食いにはいった。松吉は酒をのむので、半七も一、二杯附き合った。二人はうす紅い顔をして茶屋を出ると、門口《かどぐち》で小粋なふうをした二十三四の女に出逢った。女は妹らしい十四五の小娘をつれて、桐屋の飴の袋をさげていた。小娘は笹の枝につけた住吉踊りの麦藁人形をかついでいた。
「あら、三河町の親分さん」と、女は立ち停まって愛想のいい笑顔をみせた。
「御信心だね」と、半七も笑って会釈《えしゃく》すると、小娘も笑って挨拶した。
「お前たちもお午飯《ひる》かえ。もう少し早いとお酌でもして貰うものを、惜しいことをしたっけな」
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