のあいだを縫って、屋敷の横手を一と通り見まわした。
「屋敷の奴が殺《や》ったんじゃあるめえな」
「そうでしょうか」
「これだけの広い屋敷だ。おまけに近所に遠い一軒家も同様だ。妾をやっつける気があるなら、屋敷の中でやっつけるか、帰る途中をやっつけるか、何もわざわざ当人の家まで押し掛けて行くには及ばねえ。誰が考えてもそうじゃねえか」
「そうですねえ。じゃあ、きょうは無駄足でしたか」と、松吉は詰まらなそうな顔をしていた。
「だが、まあいいや、久し振りでこっちへ登って来たから、鬼子母神《きしぼじん》様へ御参詣をして、茗荷屋《みょうがや》で昼飯でも食おうじゃねえか」
 二人は田圃《たんぼ》路を行きぬけて、鬼子母神前の長い往来へ出ると、ここらの気分を象徴するような大きい欅《けやき》の木肌が、あかるい春の日に光っていた。天保以来、参詣の足が少しゆるんだとはいいながら、秋の会式《えしき》についで、春の桜時はここもさすがに賑わって、団子茶屋に団扇《うちわ》の音が忙がしかった。すすきの木菟《みみずく》は旬《しゅん》はずれで、この頃はその尖ったくちばしを見せなかったが、名物の風車は春風がそよそよと渡って、こ
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