ちは、その夜なかに又もや半鐘の音におどろかされた。半鐘はあたかも権太郎の冤罪《むじつ》を証明するように鮮かな音を立てて響いた。このあいだから撞木《しゅもく》は取りはずしてあるのに、誰がどうしたのか半鐘はやはりいつものように鳴った。
 もうこうなると人間|業《わざ》ではないらしくなって来た。一町内の者はまたおびえて、再び総出で火の見梯子を警戒することになったが、その警戒のきびしい間は半鐘もおとなしく黙っていた。警戒が少しゆるむと、半鐘は又すぐに叫び出した。こんな不安な状態が小ひと月もつづいたので、人間の方も疲れて来た。もうこの上はどうしていいか判らなくなった。
「お寒くなりました」
「おお、半七さんか。まあこっちへ」
 自身番にちょうど詰めていた家主が笑い顔をつくって半七を迎えた。それは半七老人が今この話をしている時と同じような、十一月はじめの時雨《しぐ》れかかった日で、店さきの大きい炉には炭火が紅く燃えていた。半七は店へあがって炉に手をかざした。
「なんだか騒々しいことがあると云うじゃありませんか。御心配ですね」
「おまえさんも大抵お聞き込みだろうが、実に困っているんですよ」と、家主は
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