、お供物《くもつ》なんぞを盗み食いしていたのが、だんだん増長していろいろの悪戯を始め出して、そのうちに囲い者の家があいたもんだから、その空店《あきだな》の方へ巣替えをして、またまた悪さをしたんだろうと思います。可哀そうなのは権太郎で、ふだんの悪戯が祟りをなして飛んだひどい目に逢いましたが、兄貴のことは私のほかに誰も知りません。なにもかもみんな猿公の悪戯ということになってしまいました。権太郎もその化け物を退治してから、町内の人達にも可愛がられるようになりましてね。とうとう一人前の職人になりましたよ」
「一体その猿はどこから来たんです」と、わたしは訊いた。
「それが可笑《おか》しいんです。その猿公はね、両国の猿芝居の役者なんです。それがどうしてか逃げ出して、どこの屋根を伝ったか縁の下をくぐったか、この町内へまぐれ込んで来て、とうとうこんな騒ぎを仕出来《しでか》したんですが、だんだん調べてみると、こいつは女形《おんながた》で八百屋お七を出し物にしていたんです。ね、面白いじゃありませんか、ふだんから火の見櫓にあがって、打てば打たるる櫓の太鼓、か何かやっていたもんだから、同じいたずらをするにして
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