郎に生捕られた怪物は大きな猿であった。この怪物と格闘した形見《かたみ》として、彼は頬や手足に二、三カ所の爪のあとを残された。
「なに、この位、痛かあねえ」と、彼は得意らしく自分の獲物をながめていた。猿は死にもしないで、おそろしい眼を瞋《いか》らせていた。
「これが宮本|無三四《むさし》か何かだと、狒々《ひひ》退治とか云って芝居や講釈に名高くなるんですがね」と、半七老人は笑った。「それから自身番へ引き摺って行くと、みんなもびっくりして町内総出で見物に来ましたよ。なぜわたしが猿公《えてこう》と見当をつけたかと云うんですか。それは半鐘をあらために登った時に、火の見梯子に獣の爪の跡がたくさん残っていたからですよ。どうも猫でもないらしい。こいつは猿公が悪戯《いたずら》をするんじゃないかと、ふいと思い付いたんです。囲い者の傘の上に飛び付いたり、物干のあかい着物を攫って行ったり、どうしても猿公の仕業《しわざ》らしゅうござんすからね。そこで、その猿公がどこに隠れているのか、わたくしは稲荷の社《やしろ》だろうと見当を付けたんですが、それはちっとはずれました。けれども多分最初のうちは社の奥にかくれていて
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