れは湯屋の煙りすらも絶えている真夜中のことで、なにを見誤ったのかちっとも要領を得ないで引き揚げることもある。しまいには人も馴れてしまって、誰かが悪戯《いたずら》をするに相違ないと決まったが、ほかの事とは違うので、そのいたずら者の詮議が厳重になった。
仔細もなしに半鐘をつき立てて公方《くぼう》様の御膝元をさわがす――その罪の重いのは云うまでもない。第一に迷惑したのは、その町内の自身番に詰めている者共であった。
「自身番というのは今の派出所を大きくしたようなものです」と、半七老人は説明してくれた。
「各町内に一個所ずつあって、屋敷町にあるのは武家持ちで辻番といい、商人町《あきんどまち》にあるのは町人持ちで自身番というんです。俗に番屋とも云います。むかしは地主が自身に詰めたので自身番と云ったんだそうですが、後にはそれが一つの株になって、自身番の親方というのがそれを預かって、ほかに店番の男が二、三人ぐらい詰めていました。大きい自身番には、五、六人も控えているのがありました。その頃の火の見梯子は、自身番の屋根の上に付いていて、火事があると店の男が半鐘を撞くか、または町内の番太郎が撞くことになっ
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