し摺り剥いただけで、ほかに大した怪我もなかったが、あまりの驚愕《おどろき》にお咲は蘇生の後もぼんやりしていた。その晩から熱が出て、三日ばかり床に就いた。
 妖怪か、人間かという議論がまた起った。鍛冶屋の権太郎が質屋の隣りの垣根へのぼったのを目撃したのはこのお咲で、それが彼女の口から世間へ洩れたのであるから、自身番でひどい目に逢わされた悪戯小僧は、その復讐のためにお咲のあとを尾けたのではないかという疑いも起ったが、それはすぐに打ち消された。権太郎はその時刻にたしかに自分の店にいたと親方が証明した。ほかにも権太郎が夜なべをしているのを見たという者もあった。いくら悪戯者でも身体が二つない以上、今度の事件を権太郎になすり付けることは出来なかった。その不思議もとうとう要領を得ずに終った。
「夜はもう外へ出るんじゃないよ」
 日が暮れると、女や子供はいよいよ表へ出ないことになった。すると、今度は意外の禍いが男の上にも襲いかかって来た。第二の打撃をうけたのは自身番の親方佐兵衛であった。佐兵衛は先ず冬という敵に襲われて、先月の末頃から持病の疝気に悩まされていたが、なにぶんにも此の頃は町内が騒がしくて、
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