七は源次と裏口から師匠の家へはいると、雨戸もまだすっかり明け放してないので、家のなかは薄暗かった。蚊帳《かや》もそのままに吊ってあって、次の間の四畳半には家主《いえぬし》と下女のお村が息を嚥《の》むように黙って坐っていた。半七は家主の顔を見識っているので、すぐに声をかけた。
「お家主さん。どうも飛んだことが出来ましたね」
「ああ、神田の親分でしたか。店中《たなうち》に飛んでもないことが出来《しゅったい》しまして……。番太郎に云い付けて早速お届けはして置きましたが、まだ御検視が下りないので、うっかり手を着けることもできません。近所ではいろいろのことを云っているようですが、死に様もあろうに、蛇に巻き殺されたなんて一体どうしたもんでしょうか。なにしろ困ったことが出来ましたよ」と、家主もその処置に困っているらしかった。
「ここらはふだんから蛇の出るところですか」と、半七は訊いた。
「御承知の通り、こんなに人家が建て込んでいるところですから、蛇も蛙も滅多に出るようなことはありません。おまけにここの家は庭といったところで四坪ばかりで、蛇なんぞ棲《す》んでいそうな筈はありませんし、どこから這入って来
前へ 次へ
全36ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング