たり又|出遇《であ》ったんです。すると、相談があるから是非寄ってくれというんで、今度は逃げることもできないで、とうとう師匠の家まで一緒に行きました。格子をがらりと明けてはいると、長火鉢の前に一人の男が坐っているんです。師匠よりは七八歳《ななやっつ》も若い、四十ぐらいの色のあさ黒い男でした。その男の顔をみると師匠はひどくびっくりしたように、しばらく黙って突っ立っていました。なにしろ、客の来ているのは私に取って勿怪《もっけ》の幸いで、それをしおに早々に帰って来ました」
「ふうむ。そんなことがあったのか」と、半七は腹のなかでにっこり笑った。「一体その男は何者だか、おまえさんはちっとも知らねえか」
「知りません。女中のお村の話によると、なんでも師匠と喧嘩をして帰ったそうです」
 その以上のことは弥三郎もまったく知らないらしいので、半七もここで切り上げて彼と別れた。
「きょうのことは、誰にも当分沙汰なしにして置いてくんねえよ」

     四

 寺の門を出ると、半七は松吉に逢った。
「親分の家《うち》へ今行ったら、ここの寺へ来ていると云うから、すぐに引っ返して来ました。きのうもあれから万年町の
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