いようです。毎月御命日に欠かさず拝みにお出でなさるのは、あの経師職の息子さんばかりで……」
「経師職の息子さんは毎月来るかね」
「はい、お若いのに御奇特なお方で……。きのうもお詣りに見えました」
 手桶に水と樒とを入れて、半七は墓場へ行った。墓は先祖代々の小さい石塔で、日蓮宗の歌女代は火葬でここに埋められているのであった。隣りの古い墓とのあいだには大きい楓が枝をかざして、秋の蝉が枯れ枯れに鳴いていた。墓のまえの花立てには、経師職の息子が涙を振りかけたらしい桔梗と女郎花《おみなえし》とが新しく生けてあった。半七も花と水を供えて拝んだ。拝んでいるうちに何かがさがさという音がひびいたので、思わず背後《うしろ》をみかえると、小さい蛇が何か追うように秋草の間をちょろちょろと走って行った。
「こいつを持って行ったかな」と、半七は少し迷ったように蛇のゆくえを見つめていたが、「いや、そうじゃあるまい」と、又すぐ打ち消した。
 もとの花屋へ帰って来て、死んだ師匠は生きているうち、墓まいりに時々来たことがあるかと、半七はお婆さんに訊いた。歌女代は若いに似合わない奇特な人で、墓まいりにはたびたび来た。たまに
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