詞《せりふ》を云いきらぬうちに舞台にがっくり倒れたのを見て、更におどろいて騒いだ。勘平の刀は舞台で用いる金貝《かながい》張りと思いのほか、鞘《さや》には本身《ほんみ》の刀がはいっていたので、角太郎の切腹は芝居ではなかった。夢中で力一ぱい突き立てた刀の切っ先は、ほんとうに彼の脇腹を深く貫いたのであった。苦しんでいる役者はすぐに楽屋へ担ぎ込まれた。もう芝居どころの沙汰ではない。驚きと怖《おそ》れとのうちに今夜の年忘れの宴会はくずれてしまった。
 角太郎は舞台の顔をそのままで医師の手当てをうけた。蒼白く粧《つく》った顔は更に蒼くなった。おびただしく出血した傷口はすぐに幾針も縫われたが、その経過は思わしくなかった。角太郎はそれから二日二晩苦しみ通して、二十一日の夜なかに悶《もが》き死《じに》のむごたらしい終りを遂げた。その葬式《とむらい》は二十三日の午《ひる》すぎに和泉屋の店を出た。
 きょうはその翌日である。
 併しこの文字清と和泉屋とのあいだに、どんな関係が結び付けられているのか、それは半七にも想像が付かなかった。
「そのことに就いて、文字清さんが大変に口惜《くや》しがっているんですよ」と
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