伺って見ようじゃありませんか」
「だしぬけに伺いましてまことに恐れ入りますが、わたくしもどうしていいか思案に余って居りますもんですから、かねて御懇意にいたして居ります文字房さんにお願い申して、こちらへ押し掛けに伺いましたような訳で……」と、文字清は畳に手を突いた。「お聞き及びでございましょうが、この十九日の晩に具足町の和泉屋で年忘れの素人芝居がございました」
「そう、そう。飛んだ間違いがあったそうですね」
 和泉屋の事件というのは半七も聞いて知っていた。和泉屋の家じゅうが芝居気ちがいで、歳の暮には近所の人たちや出入りの者共をあつめて、歳忘れの素人芝居を催すのが年々の例であった。今年も十九日の夕方から幕をあけた。それはすこぶる大がかりのもので、奥座敷を三|間《ま》ほど打ち抜いて、正面には間口《まぐち》三間の舞台をしつらえ、衣裳や小道具のたぐいもなかなか贅沢なものを用いていた。役者は店の者や近所の者で、チョボ語りの太夫も下座《げざ》の囃子方《はやしかた》もみな素人の道楽者を狩り集めて来たのであった。
 今度の狂言は忠臣蔵の三段目、四段目、五段目、六段目、九段目の五幕《いつまく》で、和泉屋の
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