はいんなさいよ」
お粂の蔭にはまだ一人の女がしょんぼりと立っていた。女は三十七八の粋な大年増《おおどしま》で、お粂と同じ商売の人であるらしいことはお仙にもすぐに覚《さと》られた。
「あの、お前さん、どうぞこちらへ」
たすきをはずして会釈《えしゃく》をすると、女はおずおずはいって来て丁寧に会釈した。
「これはおかみさんでございますか。わたくしは下谷に居ります文字清と申します者で、こちらの文字房さんには毎度お世話になって居ります」
「いいえ、どう致しまして。お粂こそ年が行きませんから、さぞ御厄介になりましょう」
この間にお粂は奥へはいって又出て来た。文字清という女は彼女に案内されて、神経の尖《とが》ったらしい蒼ざめた顔を半七のまえに出した。文字清はこめかみに頭痛膏を貼って、その眼もすこし血走っていた。
「兄さん。早速ですが、この文字清さんがお前さんに折り入って頼みたいことがあると云うんですがね」
お粂は仔細ありそうに、この蒼ざめた女を紹介《ひきあわ》した。
「むむ。そうか」と、半七は女の方に向き直った。「もし、おまえさん。どんな御用だか知りませんが、私に出来そうなことだかどうだか、
前へ
次へ
全35ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング