です」
「その時に一と騒動持ち上がりましてね。その時には私も少し頭を痛めましたよ。あれは確か安政|午《うま》年の十二月、歳の暮にしては暖い晩でした。和泉屋というのは大きな鉄物屋《かなものや》で、店は具足町《ぐそくちょう》にありました。家中《うちじゅう》が芝居気ちがいでしてね、とうとう大変な騒ぎをおっ始めてしまったんです。え、その話をしろと云うんですか。じゃあ、又いつもの手柄話を始めますから、まあ聴いてください」
安政五年の暮は案外にあたたかい日が四、五日つづいた。半七は朝飯を済ませて、それから八丁堀の旦那(同心)方のところへ歳暮にでも廻ろうかと思っていると、妹のお粂《くめ》が台所の方から忙がしそうにはいって来た。お粂は母のお民と明神下に世帯を持って、常磐津の師匠をしているのであった。
「姉さん、お早うございます。兄さんはもう起きていて……」
女中と一緒に台所で働いていた女房のお仙はにっこり[#「にっこり」に傍点]しながら振り向いた。
「あら、お粂ちゃん、お上がんなさい。大変に早く、どうしたの」
「すこし兄さんに頼みたいことがあって……」と、お粂はうしろをちょっと見返った。「さあ、お
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