こには三人の赭《あか》ら顔の女中がかたまっていて、お冬らしい女のすがたは見えなかった。
「お冬はどうした」と、十右衛門は障子を細目にあけると、赭ら顔は一度にこっちを振り向いて、お冬はゆうべから気分が悪いというので、おかみさんの指図で離れ座敷の四畳半に寝かしてあると答えた。その四畳半は十九日の晩、角太郎の楽屋にあてた小座敷であった。
 縁伝いで奥へ通ると、狭い中庭には大きな南天が紅い玉を房々と実らせていた。ふたりは障子の前に立って、十右衛門が先ず声をかけると、障子は内から開かれた。障子をあけたのはお冬の枕辺に坐っていた若い男で、お冬は鬢も隠れるほどに衾《よぎ》を深くかぶっていた。男は小作りで色のあさ黒い、額の狭い眉の濃い顔であった。
 十右衛門に挨拶して、若い男は早々に出て行ってしまった。あれが先刻《さっき》お話し申した千崎弥五郎の和吉ですと、十右衛門が云った。
 衾を掻いやって蒲団の上に起き直ったお冬の顔は、半七がけさ逢った文字清の顔よりも更に蒼ざめて窶《やつ》れていた。生きた幽霊のような彼女は、なにを聞いても要領を得るほどの捗々《はかばか》しい返事をしなかった。かれは恐ろしい其の夜の
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