たらしく、息を殺して遠くから二人の問答に耳を澄ましていた。狭い楽屋の隅々は暗くなった。
「日が短けえ。親分も気が短けえ。ぐずぐずしていると俺まで叱られるぜ。早くしてくんねえ」
と、半七は焦《じ》れったそうに催促した。
「はい、はい。すぐにお供します」
ようやく楽屋を出て来た小柳は、そこの暗いかげにも二人の手先が立っているのを見て、くやしそうに半七の方をじろりと睨《にら》んだ。
「おお、寒い。日が暮れると急に寒くなりますね」と、彼女は両袖を掻《か》きあわせた。
「だから、早く行きねえよ」
「なんの御用か存じませんが、もし直きに帰して頂けないと困りますから、家《うち》へちょいと寄らして下さるわけには参りますまいか」
「家へ帰ったって、金次はいねえぞ」と、半七は冷やかに云った。
小柳は眼を瞑《と》じて立ち止まった。やがて再び眼をあくと、長い睫毛《まつげ》には白い露が光っているらしかった。
「金さんは居りませんか。それでもあたしは女のことですから、少々支度をして参りとうございますから」
三人に囲まれて、小柳は両国橋を渡った。彼女はときどきに肩をふるわせて、遣《や》る瀬《せ》ないように啜
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