《すす》り泣きをしていた。
「金次がそんなに恋しいか」
「あい」
「おめえのような女にも似合わねえな」
「察してください」
 長い橋の中ほどまで来た頃には、河岸《かし》の家々には黄いろい灯のかげが疎《まば》らにきらめきはじめた。大川の水の上には鼠色の煙りが浮かび出して、遠い川下が水明かりで薄白いのも寒そうに見えた。橋番の小屋でも行燈に微かな蝋燭の灯を入れた。今夜の霜を予想するように、御船蔵《おふなぐら》の上を雁の群れが啼いて通った。
「もしあたしに悪いことでもあるとしたら、金さんはどうなるでしょうね」
「そりゃあ当人の云い取り次第さ」
 小柳は黙って眼を拭いていた。と思うと、彼女はだしぬけに叫んだ。
「金さん、堪忍しておくれよ」
 そばにいる半七を力まかせに突き退けて、小柳は燕《つばめ》のように身をひるがえして駈け出した。さすがは軽業師だけにその捷業《はやわざ》は眼にも止まらない程であった。彼女は欄干に手をかけたかと見る間もなく、身体はもうまっさかさまに大川の水底に呑まれていた。
「畜生!」と、半七は歯を噛んだ。
 水の音を聞いて橋番も出て来た。御用という名で、すぐに近所の船頭から舟を
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