であった。二人は外に待っていて、半七だけが小屋へはいると、小柳は楽屋で着物を着替えていた。
「わたしは神田の吉五郎のところから来たが、親分がなにか用があると云うから、御苦労だがちょっと来てくんねえ」と、半七は何げなしに云った。
小柳の顔には暗い影が翳《さ》した。しかし案外おちついた態度で寂しく笑った。
「親分が……。なんだか忌《いや》ですわねえ。なんの御用でしょう」
「あんまりおめえの評判が好いもんだから、親分も乙な気になったのかも知れねえ」
「あら、冗談は措《お》いて、ほんとうに何でしょう。お前さん、大抵知っているんでしょう」
衣装|葛籠《つづら》にしなやかな身体をもたせながら、小柳は蛇のような眼をして半七の顔を窺っていた。
「いや、おいらはほんの使い奴《やっこ》だ。なんにも知らねえ。なにしろ大して手間を取らせることじゃあるめえから、世話を焼かせねえで素直に来てくんねえ」
「そりゃあ参りますとも……。御用とおっしゃりゃあ逃げ隠れは出来ませんからね」と、小柳は煙草入れを取り出してしずかに一服すった。
隣りのおででこ芝居では打出しの太鼓がきこえた。ほかの芸人たちも一種の不安に襲われ
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