あ、ゆっくり支度をして行くがいいや」
「ありがとうございます」
「真っ昼間だ。近所の手前もあるだろう。縄は勘弁してやるぜ」と、半七は優しく云った。
「ありがとうございます」
金次は重ねて礼を云った。かれの眼は意気地なくうるんでいた。
おたがいに若い身体だ。こう思うと半七は、自分のとりことなって牽《ひ》かれて行くこの弱々しい若い男がいじらしくてならなかった。
四
半七の報告を聴いて、親分の吉五郎は金杉の浜で鯨をつかまえたほどに驚いた。
「犬もあるけば棒にあたると云うが、手前もうろうろしているうちに、ど偉いことをしやがったな。まだ駈け出しだと思っていたら油断のならねえ奴だ。いい、いい、なにしろ大出来だ、てめえの骨を盗むような俺じゃあねえ。てめえの働きはみんな旦那方に申し立ててやるからそう思え。それにしても、その小柳という奴を早く引き挙げてしまわなけりゃならねえ。女でも生けっぷてえ奴だ。なにをするか知れねえから、誰か行って半七を助《す》けてやれ」
物馴れた手先ふたりが半七を先に立てて再び両国へむかったのは、短い冬の日ももう暮れかかって、見世物小屋がちょうど閉《は》ねる頃
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