たと云った。お竹ばかりでなく、女中のお豊もお勝も、おなじくお菊の姿を見たとのことであった。
果たしてそれが偽りでなければ、お菊は云うまでもなく親殺しの罪人である。事件は非常に重大なものとなって半七の前にあらわれた。今まではさのみ珍らしくもない町家の娘と奉公人の色事と多寡《たか》をくくっていた半七は、この重大事件にぶつかって少し面喰らった。
「だが、こういう時に腕を見せなけりゃあいけねえ」と、年の若い彼は努めて勇気をふるい興した。
娘はさきおととい行くえ不明となった。それがおとといの晩、ふらりと帰って来て、すぐに又その姿を隠してしまった。そうしてゆうべまた帰って来たかと思うと、今度は母を殺して逃げた。これには余程こみいった事情がまつわっていなければならないと想像された。
「そうして、娘はどうした」
「どうしたか判らないんです」と、お竹はまた泣いた。
かれが泣きながら訴えるのを聞くと、ゆうべも前夜とおなじ燈《ひ》ともし頃に、お菊はわが家へおなじ形を現わした。今度はどこからはいって来たか判らなかったが、奥でおかみさんが突然に「おや、お菊……」と叫んだ。つづいておかみさんが悲鳴をあげた。
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