五郎は首をかしげて、その番頭が怪しいぜと云った。しかし半七は正直な清次郎を疑う気にはなれなかった。
「いくら正直だって、主人のむすめと不埒を働くような野郎だもの、何をするか判るもんか。あした行ったらその番頭を引っぱたいてみろ」と、吉五郎は云った。
 その明くる朝の四ツ(十時)頃に半七が重ねて菊村の店へ見廻りにゆくと、店の前には大勢の人が立っていた。大勢は何かひそひそ囁《ささや》きながら好奇と不安の眼をけわしくして内を覗《のぞ》き込んでいた。近所の犬までが大勢の足の下をくぐって仔細ありげにうろついていた。裏へまわって格子をあけると、狭い沓脱《くつぬぎ》は草履や下駄で埋められていた。お竹は泣き顔をしてすぐ出て来た。
「おい。何かあったのかい」
「おかみさんが殺されて……」
 お竹は声を立てて泣き出した。半七もさすがに呆気《あっけ》に取られた。
「誰に殺されたんだ」
 返事もしないでお竹はまた泣き出した。賺《すか》して嚇《おど》してその仔細をきくと、女あるじのお寅はゆうべ何者にか殺されたのである。表向きは何者か判らないと云っているが、実は娘のお菊が手をくだしたのである。お竹はたしかにそれを見
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