《うち》じゅうの者をむやみに叱り散らして……。叔母さんが何かいうと、あたまから呶鳴りつけて……。まるで気でも違ったような風で……。あれが嵩《こう》じたら、しまいにはどうなるだろうと、叔母さんはそれも心配しているんだよ。」
「まあ。」と、言ったばかりで、わたくしはいよいよ情けなくなりました。
広い世間から見ますれば、会津屋という刀屋一軒が倒れようが起きようが、またその亭主が死のうが生きようが、勿論なんでも無いことでございましょうが、今のわたくし共に取りましては実に一大事でございます。
「蚊が出たね。」
母が気がついたように言いました。わたくしはさっきから気が付かないでもなかったのですが、話の方に屈託《くったく》して、ついその儘《まま》になっていたのでございます。唯今と違って、そのころの山の手は大変、日が暮れるとたくさんの蚊が群がって来まして、鼻や口へもばらばら飛び込みます。
母に催促されて、わたくしは慌てて縁側へ土《つち》焼きの豚を持ち出して、いつものように蚊いぶしに取りかかりましたが、その煙りが今夜は取分けて眼にしみるように思われました。
二
会津屋のむすめのお定
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